仙台高等裁判所 平成5年(う)106号 判決
論旨の骨子は,原判示第1の覚せい剤自己使用の事実につき,原判決が有罪認定の証拠として挙示する被告人の尿についての鑑定書は,職務質問の名のもとに行われた,少なくとも6時間近い違法な身柄拘束(令状によらない事実上の逮捕)の末,ようやく強制採取された被告人の尿を鑑定したものであって,違法収集証拠として排除されるべきであったのに,これを有罪認定の用に供した原判決には,影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続きの法令違反がある,というのである。
そこで記録を調査検討すると,被告人が平成4年12月26日の午前中,A警察署H駐在所に電話した際の言動に不審を持たれ,同日午前11時5分ころから原判示I町内の通称R交差点付近路上で警察官の職務質問を受け,結局同日午後5時2分ころ発せられた令状により,午後7時40分過ぎ,強制的に連行された病院で強制採尿を受けるに至ったという客観的事実経過の詳細は,原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項中「第1の事実について」の2に認定説示するとおりであると認められる。
そして原判決は,警察官が被告人を右令状が発付されるまで職務質問の現場にとどめ置いた行為は,事実上の身柄拘束であり,被告人の車のキーを取り上げた行為の理由づけ等,警察官の個々の判断には若干の問題があるものの,全体としては違法とはいえないとして,問題の鑑定書の証拠能力を肯定したものであるところ,当裁判所も右証拠能力を肯定した結論は支持することができると判断するものである。以下,若干の説明を加える。
被告人は平成4年12月25日福島県J郡K町所在のガソリンスタンド前で夜を明かし,翌12月26日午前6時30分ころ給油をして貰ったものの,車が動かなかったところから,通りがかりのTらに,100メートル位離れたB自動車整備工場まで車を押して貰い,同工場で修理して貰ったこと,修理が終わった午前10時40分ころ,A警察署H駐在所勤務のF巡査部長のもとへ電話をかけたこと,その電話の内容は「昨晩は車の誘導をして貰ってありがとうこざいました。シャブで警察が何人も動いているでしょう」というものであったこと,電話を受理した同巡査部長は車の誘導をしたことはなかったのみならず「シャブ」という覚せい剤常用者特有の隠語を使用しており,また同巡査部長が私服で同工場に行くと言うと「それはヤバイ」と言ったり,名前を聞かれても「Cだが仮名かもしれない」と答えたりして,応答内容が異常であったこと,このため,同巡査部長は,電話をしてきた人物が覚せい剤を使用しているのではないかとの疑いを持ち,電話が切れた直後,A警察署の日直長に電話連絡をした上,同工場に赴いたことが認められる。(なお被告人が駐在所に右のような電話をしていたことは,たまたまそのころB自動車整備工場を訪ね,傍らで被告人が電話をかけるのを聞いていたSの司法警察員に対する供述調書によっても裏付けられており,これを否定する被告人の供述は信用しがたい。)またF巡査部長は,同日午前10時45分頃,同工場のBから被告人の車のナンバー,車種等を聞き,これをA警察署の警察官Iに電話して,N警部がその報告を受け,右I及び巡査部長Mの両名がB自動車整備工場に臨場したこと,Iは同所で,Bから「被告人がタクシーで乗りつけて,駐在所に電話したいというので,すぐ近くなので行った方が早いというと,被告人は駐在所に行くのはヤバイ等と言い,態度も落ち着かず,目をキョロキョロして異常者のように感じた」との供述,及び「電話した男は年齢45歳位,175センチ位で,黒ジャンパーを着たやせ型で,車は品川ナンバー,タウンエース,うす茶色で猪苗代の方へ走って行った。そしてその男は落ち着きのない態度で目がキョロキョロしていて,変な人に見えた」旨の供述を右Iら警察官がその段階で収集していることが認められ,更に,前記R交差点で警察官が被告人車両を停止させ,職務質問が開始されて間もない同日午前11時20分頃,Iから連絡を受けた右警部Nは,被告人の運転免許証等により判明した氏名等に基づき犯歴照会をしたところ,被告人の本籍地,出生地などのほか前科が6犯の犯歴があり,うち覚せい剤関係の前科が4犯あることが判明し,これが間もなく現場の警察官に連絡されたこと,本件の捜査官らにおいては,右犯歴のほか既に収集していた前記各証拠を総合して,被告人が覚せい剤使用の罪を犯し,現在覚せい剤使用に基づく幻覚等の症状を呈しているものと判断し,同日午後1時54分には総合Z中央病院救命救急センターに尿の採取依頼の手配をし,その応諾の回答を得ていること,また原判決説示のように,被告人をR交差点付近に停止させた初期の段階で見聞したところにおいても被告人の言動は,やはり覚せい剤使用によると強く疑われる異常なものであったことが認められ,これらを総合すると,捜査官においては,右犯歴照会の結果を得た段階で,既に被告人に対しては強制採尿の令状を請求するに足る資料を収集していたと認められ,現にこれらの資料に基づき右令状が請求され,発付されたと認められるのであって,結局,本件令状請求の資料のほとんどは,職務質問やそのための停止措置から直接的に得られたものではなく,事実上の身柄拘束との関連性は薄いということができ,しかも本件では採尿そのものは右令状に基づいて行われている。
しかし,強制採尿令状が得られても,身柄が確保されていなければその執行ができないわけであって,本件において被告人を長時間に亘り職務質問から解放しないで拘束した究極の目的が採尿令状の執行にあったことは,否定すべくもないところである。
そこで,右事実上の拘束が違法かどうか,その違法の程度が令状により採取された尿,さらにはこれについての鑑定書の証拠能力(証拠としての許容性)に影響するかどうかを検討する。
たしかに,所論のとおり,本件における職務質問は,パトカー2台で被告人の車を囲むようにし,比較的早い時期に警察官がエンジン・キーを取り上げ,被告人がその場を立ち去ることは不可能な状況のもとに,職務質問開始から令状発付まででも6時間近い長時間に及んでいる。右キーの取り上げ保管を,警職法5条を根拠に適法視することが困難であることは,原判決のいうとおりであり,また,職務質問を拒否して立ち去ろうとする者をその場にとどまらせるため車のキーを抜き取ることは,必要やむを得ない最小限度の手段として許される場合があるとしても,だからといって,これを長時間に亘って返還しないことまでもが,ただちに適法とされるものでもない。被告人が警察署への任意同行を承諾せず,またその承諾のもとに車内をひととおり検索しても,覚せい剤に関連する証拠物が発見されたわけでもなく,その場で現行犯逮捕や緊急逮捕ができる状況でもなかったのに,このような手段で右のような長時間,その意に反して被告人を現場にとどめ置いたことを,適法ということは困難であり,むしろ違法と評価せざるを得ない。
しかし,右違法の程度について考察すると,既に見たとおり,本件捜査の端緒となったH駐在所に電話した際の被告人の言動は極めて不審で,被告人が自ら申告して捜査の発動を促したに等しいともいえるほどのものだったのであり,しかも職務質問開始後間もなく,覚せい剤関係の前科四犯がある旨の,前歴照会の結果も判明したのであるから,既にこの時点で,被告人が覚せい剤事犯を犯しているのではないかとの嫌疑は,直ちに逮捕が可能という程ではないにしても,極めて濃厚だったのである。そして原判決も同旨を説示するとおり,覚せい剤事犯は重大犯罪であり捜査の必要性は高く,前記パトカーによる取り囲み,キーの取り上げは,身体に対する直接の有形力の行使ではなく,他に被告人の身体に対し,直接且つ強力な有形力の行使がなされた事実は認められない。また,時間が長引いたことについては,警察官のA警察署への任意同行の求めに対し,被告人は終始一貫して絶対的に拒否していたわけではなく,自分の車を自分で運転してなら行くと申し出たこともあり,これに対し警察官は,被告人に運転させたのでは確実な同行を期待できないとの考えから(この考え自体はまことにもっともである。),あくまで警察車両に乗車させようと説得し,この点をめぐっての押し問答に時間を費やしたという事情もあったと認められる。
以上のような諸点にかんがみると,本件における事実上の身柄拘束の違法性の程度は極めて強いとまではいえないと考えられ,これに加えて,前述のように尿の採取自体は令状によるもので,しかも令状請求の資料と職務質問のための事実上の身柄拘束との間の関連性は希薄であることも参酌すると,本件における尿及びこれについての鑑定書は,違法な身柄拘束が令状執行時まで継続したことによりはじめて尿の採取が可能となったという意味では,右拘束と密接な関連があるとはいえるけれども,未だなお証拠から排除しなければならないほどの違法性を帯びるとまではいえないと考えられる。(なお,強制採尿令状が発付された後,令状が到着するまでの必要不可欠な時間身柄を拘束すること,さらに令状記載の条件に従い医師による採尿が可能な場所まで身柄を強制的に連行することは,令状執行のため当然に予定したものとして許され,令状発付の時点以後採尿実施まで被告人を拘束したことが違法ではない旨,また,採取された尿の予試験の結果が陽性と出た以後は,緊急逮捕も可能であったもので,その手続を執らずに正規の鑑定結果が判明するまで事実上の拘束を継続したことも,重大な違法とはいえない旨の,原判決の判断及び説示は正当と認められる。)